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千葉家庭裁判所 昭和40年(少)1554号 決定 1965年10月08日

少年 M・M(昭二一・一・一生)

主文

本件を千葉地方検察庁検察官に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

第一、昭和四〇年八月○○日午後九時四五分頃、千葉県千葉郡八千代町所在京成電鉄大和田駅から乗車券を所持せずして京成上野行電車に乗り、同一〇時二分頃、船橋市本町二丁目所在京成船橋駅で下車し、改札口を通らずに同駅上りプラットホーム西端から線路に降りて同駅構外に脱出したところ、同駅改札係小○剛(三〇歳)他一名に発見されて、同駅事務室に同行を求められたが、保護観察中の身であるところから、警察官に引渡され、取調べを受けるに至るべきことを恐れて逃げ出したため、右小○等に鉄道営業法違反現行犯人として追跡されて逃げ迴つたが、同市○町○丁目○○○番地アパート「と○い」荘附近路上において追いつかれ、更に同市○○町○丁目○○○番地○○神社附近路上において、右肩をつかまれたところから、右小○の上半身を刃物で刺した場合同人を殺害するに至るべきことを予知しながら、右二カ所において、所携の刃渡り約九・七糎の果物ナイフを同人の胸腹部を一回ずつ突き刺し、よつてその左下腹部および右季肋部に各刺創を負わせた結果、同日午後一〇時三五分頃、同市宮○町○丁目○○番地○○病院において、胸腹部失血のため死亡するに至らしめた。

第二、業務その他正当な理由がないのに、昭和四〇年八月○○日、船橋市○○町○丁目○○○番地地先道路上において、あいくち類似の果物ナイフ(刃渡り九・七糎)一丁を携帯していた

ものである。

(法令の適用)

第一事実につき刑法第一九九条

第二事実につき銃砲刀剣類所持等取締法第二二条、第三二条第一号

(処分の理由)

一、少年はさきに、当裁判所において、強姦未遂、窃盗未遂、銃砲刀剣類等所持取締法違反保護事件により、昭和三九年一一月二六日、補導委託による試験観察に付せられ、茂原工員技術訓練所に委託された後、同四〇年四月二〇日、保護観察決定を受けたものであつて、五月一日頃より工員として稼働したが、過労の故をもつて六月始め、退職し、暫時実家にいた後、六月中旬頃仕事を探すと両親に告げて家を出て船橋市内のパチンコ店に就職したものの、給料が安いとして約半月にして退職し、爾来肩書簡易旅館に宿泊し、毎日、パチンコ遊びをなし、徒食していたものであり、右家出後は両親および担当保護司とはいずれも連絡を採らなかつた次第である。

二、少年は知能は普通級であるが、性格面にあつては、情意不安定で自己中心的であり、感情爆発傾向強く、気分易変性が著しい。なお、勤労意欲を欠き、生活目標を全く樹立せず、かつ罪悪に対する反省の念に乏しい。

三、本件第一の殺人非行は幾分偶発的ではあるが、少年の性格の偏向および生活の乱調に基因することは言を待たないところであり、第二の刃物の不法所持非行については、前件においても非行歴があり、更に昭和三八年一〇月下旬頃にも、不法に所持した果物ナイフで知人の腹部を刺した事実があつて、右非行は常習性ありと認めるも失当ではない。

四、少年の父は少年の年少時、刑事事件を犯し、七年近く服役していた事実があり、少年の保護に力を尽す時日を有せず、少年の学習意欲の低下、勤労意思の不足の一因とをなしたものと思われ、現在も少年と親和を欠き、事件当日昼間、家出した少年と船橋市内パチンコ屋で出遇いながら無関心で別れ、全く意に介するところなく、少年の母も少年を甘やかし育て、その行動を放任し、なお保護者は共に、本件被害者の行動の行き過ぎを言挙げする言を弄し、非行の責任を自覚せずいずれも保護能力に乏しい。

五、少年は年長にして、既に成人に近く、その責任能力は成人に準じて論ずべきところ、本件非行は重大にして反社会性著しいものであるに加え、少年の性格の偏奇性と非行に対する罪悪感の低調は更に反社会的行動を生ずる虞れがあり、非行への傾斜が固定しているものと認められるから、少年自身の反省を期待し、更生を求めるため、その刑事責任を定めることが適当と思われる。

よつて少年法第二〇条、第二三条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 植田秀夫)

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